昭和五十六年九月二十八日 朝の御理解


御理解第三十六節
「日本国中のあらゆる神を、みな信心すると言うが、それはあまりの信心じゃ。人に物を頼むにも、一人に任すと、その人が力を入れて世話をしてくれるが、多くの人に頼めば、相談に暮れて物事はかどらず。大工を雇うても、棟梁がなければならぬ。草木でも芯というたら一つじゃ。神信心もこの一心を出すと、すぐおかげが受けられる。


 昨日は椛目の内田さんの所のご主人の式年のお祭、それに御先祖様のいわゆる親族家族の霊達のまあ慰霊祭も併せて、私、奉仕をさせて頂きましたが、私も沢山霊のお祭をさせて頂きましたけれども、昨日程の霊祭、盛大さと言うか、まあ行き届いたというか、ああいうお祭はまあ初めてという位のお祭でした。
 皆さんもご承知のように、まあ言うならば別に大きな家蔵財財産を持っていられる方という事でも何でもないのですけれども、まあどっちかと言うならば、まあ細々とまあ日々おかげを受けておられるというのが本当でしょうけれども。
 で、どうしてこういうお祭が仕えられるだろうかと。私は一寸不思議に思う位でした。まあ、ここへんの言葉で言うと、皆御兄弟やら御親戚が沢山みえておりましたが。御親戚やらは皆御信心はなさいませんけれども、私の方の昔から大坪家との大変まあ交わりも深いお家ばかりですが、もう大変なまあ言うならばお金持ちさんで大きな百姓さん達ばっかりなんです。
 ですから、あの内田さんの所の事を、朝鮮から引き揚げておられるのですから朝鮮朝鮮と皆言われる。言われておりましたが、その御兄弟の中でも、そのそんな訳ですから、まあ言うならば、御親戚の中では貧しい生活をさせておられるのが、ああいうお祭が仕えられるから、まあ言うなら、げいしょんかなわんくせこげなこつしてから、ち言うふうに思われた方さえがあったような感じでした。という程しに、まあ盛大且つ賑やかな、そしてもう思いを込められたお祭でした。
 私は、その事を神様にお礼申さして頂きましたら、一心の真と言う事を頂いたんです。これは、三代金光様が仰せ出されたお言葉です。一心の真と。それは信心に一心とか真とかと言う言葉は沢山使いますけれども、それを具体的に一心の真とはというと、なかなかそりゃ一心たい、そりゃ真たいと言うだけですけれどね。その事を昨日のお祭で後の御理解の時に頂いたんですけれども、丁度お祭が三時からでしたが、ちょっと御親戚の方で遅れた方があったから、もう五分待って下さいとこちらから言うて来ました。
 その待っとる間に頂きます事が、皆さんあちらへ行かれた方達は御承知でしょうけれども、ここの共励殿にこん高さ(二十粁位)ばかりの水差しが置いてあります。朝鮮の古い焼物です。青磁の見事な焼物です。水差しです。それが、まあ飾り物として置いてあるが、それをしきりに頂くんです。ですから、私は、その事を待っとる間に、前に若先生が副祭主を努めましたから、若先生に、あんたはあの水差しの由来を知っとるかと言ったら、知らん。知らんでしょう。私が話しとらんもんだから。と、言うて私、その水差しの由来を、まあ話した事でございましたけれども。お祭中に、その、その水差しの事を頂くんです。
 と言うのはね、もう三、四年にも五年にもなるかもしれませんが、久留米の古賀新二さんという菊栄会の会員の方ですが、その方の大変懇意にしておられる方が朝鮮のもう、まあ言うなら山の中のような中で大きな百姓をしておられた。そして、あちらでご両親が亡くなられて、あちらに埋葬してある。それを、そのまあ尋ねて行って、そしてその遺骨をね、あのう持って帰りたいという願いを立てられた。そりゃ、そればってん大変なこつの、そりゃ分かるだろうか。墓標なんかというものは、向こうは土饅頭のようなふうにあちらの風、仕来りでしてありますから分からんようになっとるかもしれん。何十年経っての事です。そして朝鮮の事が古賀新二さんが大変詳しいから、あんた連れて行ってくれないかと言うので、その事がまあ探し求めて行かんでもならん事だから、御取次頂いてお願いをして行かれました。
 ところがなかなかやっぱり分かりませんでした。大体見当をつけて、この辺だったろうと言う所へ行ったけれども分からんところに、それこそ丁度その時の御両親の告別式にも立ち合われた韓国人の方がひょっこり、あの会われた。はあ、あちらの、なら私が知っとりますと言うて、その方の案内で、あの言うなら御両親の御遺骨をここと、ここが、こっちがお父さん、こっちがお母さんと言うて、その説明して頂いて掘り上げて帰って来て、そのお百姓さんの家に、まあ寄ってお茶を頂かれた時にです、その見事な、今言う水差しがあった訳です。青磁の見事なもんです。象嵌、共励殿に飾ってございます。
 だから、それを古賀さんが無理を言うて、そのあれを分けてくれと言うて、まあ所望されて、そしてお土産として、ここへ持って来られたんです。ね、その事のみをさして、その事を頂くんですよ。
 それで私がすぐ気付かせて頂いた事は、はあ一心の真というのは、一心とはこれだなあと思いました。ね、もと海外で亡くなられた方の御遺骨をしかも何十年たった今日やっぱりそれがどうも止むにやまれん親の遺骨をなんとかしてこちらへ持って帰って、こちらで納骨したいと言うような、その願いを立てる。それが一心だと思う。そして朝鮮あたりまでも、わざわざなら古賀さんをまでも旅費から万端、その出して一緒に来てもらって、その御遺骨を掘り上げようという、その子供が親の事を思う一心とは、こういう事を一心というのだと。
 ね、これは例えば信心とは別に切り離して考えて頂いてもいい訳なんですね。子が親の事を思う一心が朝鮮三界までも行って御遺骨を、まあ掘り起こして帰られたという。はあ一心とは、そういうものがいるんですね。やむにやまれないというものがいるんです。もう遠いからとかね、海外だから、そんな事じゃない。一心を立てるとそれが出来る。
 同時になら、真とは昨日のお祭の事であっただろう慰霊祭の事であっただろうと思いました。もう前々から、この式年祭は、どうぞ万事万端沢山子供達も居りますし、又親戚もまだ歴々とした御親戚があるからね。それで、まあ本当に霊様に喜んでもらえるようなという一心が、もう前々からの日々その昨日の霊祭の事が願いに願い祈りに祈られて、そしてあのお祭が表された。
 真とは、だから形にあのように表わす事だと言う事です。一心に思うとりますと言うだけじゃなくて、その一心がいうなら形に表わされた時にです、とてもどういう分限者でも、こういう霊祭は仕えられるこつはなかろうと思われるような霊祭がね、出来たんです。
 一心の真。ね、言うなら年期が来たから法事をする。そりゃ成程金をかけりゃ沢山ある所は沢山掛けもしよう。けれどもそれは言うなら形に表わしても一心が無い。一心があっても形が伴わない。私は一心と真、一心の真と頂いた事は、ははあこの事だなあというふうに思わせて頂いたんですけれども、今朝の御理解を頂いて一心を立つれば、とこうおっしゃるでしょう。ね、いうならば、もうこれは勿論各々の助かりも合楽一本なら先祖の霊達もいうならば金光教の信心にしか、合楽に一本にしぼっておられるという事ですから、もう一心に間違いないですね。何十年信心しとっても、いうならばおかげ頂いておかげ頂いてと言いよるけれども、なかなか改式すら出来ない人が多いんです。ね、それはやっぱり一心を欠いでおる訳です。ね、信心しておりますと言うても本当にあの世この世を通して、本当に今の合楽理念を以て助かるより他はないと、本当に一心が定まったら、そこがでけなければおかしいです、ね。
 霊肉共に助かる事の為に、言うならばね合楽一本に絞る。これが一心だ。同時に、その一心をやむにやまれん心で、それが朝鮮三界までも親の遺骨を掘り上げに行こう。しかもなかなか分かりにくい所を尋ね求めしてでもと言うところに、不思議な不思議な働きがそこで表れておる。ね、その親達の告別式の時に立ち合うたという韓国人の人に合うたというのですからね。
 ねえ、その言うならば今聞いて頂きました、なら一心と真というのは具体的にまあ聞いて頂いた訳ですけれども、そういう一心が真がですね、合楽理念に取り組む姿勢もその一心であり、表わす事も又合楽理念に基づく言うならば真を表わすという事はです、そういう事ではないでしょうか。ね、一心を立つればと、こうおっしゃる、ね。
 私は昨日内田さん所の霊祭で、いうならば本当に私自身もおかげを受けたと思いました。一心の真を、いうならば目(ま)のあたりに、この様に見せて下さり聞かせて頂いた思いでございました。皆さんの一心といい、真というものをもう一辺正して見る必要がないでしょうかね。
 どうぞひとつ一心の真を、しかも合楽理念に基づいて合楽理念に焦点をおいての助かり、これは霊肉を通してです、あの世この世を通して、そこの助かりを願わしてもらう。そういう信心が求められておるのじゃないでしょうかね。どうぞ。